「奈良天理・崇神天皇陵」大和朝廷の礎を築いた最初の天皇の古墳です

2016年04月22日

「奈良天理・崇神天皇陵」大和朝廷の礎を築いた最初の天皇の古墳です

「奈良天理・崇神天皇陵」大和朝廷の礎を築いた最初の天皇の古墳です

天理~桜井の山の辺の道、約15kmの中間に位置する周濠と緑が美しい古墳が、大和朝廷の礎を築いた実在する最初の天皇とされる「崇神天皇」の陵墓です。静かにゆったりと休憩しましょう。

山の辺の道の美しき休憩スポットです

天理エリアの山の辺の道沿いにある“花の寺”として有名な長岳寺のほど近くに、水をたたえた周濠と緑が美しい古墳があります。「崇神天皇(すじんてんのう)」の陵墓、「山辺道勾岡上陵(やまのべのみちのまがりのおかのうえのみささぎ)」ですね。地域の名前から「行燈山(あんどんやま)古墳」とも呼ばれています。天理~桜井の山の辺の道、約15kmを散策する人々にとっては絶好の休憩スポットとなっています。

崇神天皇ってどんな人?

第10代の天皇である崇神天皇は3世紀から4世紀初めにかけて在位したと考えられ、実在の可能性が見込める最初の天皇です。初代神武天皇以降の2代~9代天皇については「記紀(『古事記』と『日本書紀』の総称)」にも多くは書かれていないのですが、崇神天皇については唐突に現実的なことが書かれているのです。

例えば、男には「弭調(ゆはずみのみつぎ:狩猟による獲物)」、女には「手末調(たなすえのみつぎ:絹や布など)」といった“税”を課して国の財政制度を確立したとか、諸国平定のために大彦命、武渟川別、吉備津彦、丹波道主命の皇族将軍(四道将軍)を各地へ派遣したとか、民のために国に命じて船を造った、池溝を開いて農業の便宜を図ったなどです。もちろん記紀に書かれている史実が正確なこととは言い切れませんが、崇神天皇が初代天皇であり、神武天皇と同一人物とする説も有力視されています。ちなみに崇神天皇は様々な業績を善政によって残し、『古事記』には168歳、『日本書紀』には120歳で亡くなったと記述されています。でもさすがにこれはないでしょうね~。

ヤマト王権の大王のお墓だけにビッグサイズ!

そんな崇神天皇の陵墓である古墳は全長約242m、後円部径約158m、口縁部の高さ約31m、前方部の幅約100m、前方部の高さ約13.6m、周濠を含めた全長は約360m、最大幅約230mの巨大な前方後円墳で、三輪山の麓に築かれた古墳群の中でも渋谷向山古墳(景行天皇陵)に次ぐ大きさを誇ります。陪塚(ばいちょう)と呼ばれる大きな古墳の側に従うように築かれている小さい古墳も3基あり、それぞれが全長65mの「南アンド古墳」、全長120mの「アンド山古墳」、全長103mの「天神山古墳」と名付けられています。陪塚=小さな古墳なのですが、このサイズは地方であれば立派な豪族クラスの規模ですね。ヤマト王権(大和朝廷)の大王のお墓はさすがに凄いです!

崇神天皇 山邊道勾岡上陵は天皇陵として宮内庁が管理しているため、中に入ることはできませんが、鳥居のある遥拝所からお参りすることができます。「夕暮れ時が格別に美しい」との声もあり、風景写真を撮る人も多いようですよ。ぜひここでは静かな時間をゆったりと楽しんでください。

崇神天皇陵への交通アクセス等

■ 所在地:奈良県天理市柳本町

■ 交通アクセス:
◇ JR・近鉄天理駅から奈良交通バス「桜井駅北口行」にて「柳本バス停」(約15分/運賃370円)下車、徒歩 約3分
◇ JR・近鉄桜井駅北口から奈良交通バス「天理駅行」にて「柳本バス停」(約14分/運賃380円)下車、徒歩 約3分
◇ JR桜井線「柳本駅」下車、東へ徒歩 約15分

■ 拝観時間:自由

■ 拝観料金:無料



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