昔は夜行列車、今の深夜移動の主役は夜行バスです

2016年07月27日

昔は夜行列車、今の深夜移動の主役は夜行バスです

昔は夜行列車、今の深夜移動の主役は夜行バスです

昔も今も深夜という非有効時間帯を利用した都市間移動を求める需要は少なからずあります。かつては「夜行列車」がそのニーズに応えていましたが、現在の主役は「夜行バス」なのです。

夜汽車に乗って全国を移動した時代もありました

かつて深夜という非有効時間帯を利用した都市間移動に利用される交通機関は「夜行列車」でした。現在のJRが日本国有鉄道(国鉄)と呼ばれていた頃は日本全国に夜行列車が走り、寝台車を主体とした寝台特急や座席車両主体の急行などが、ごく普通に運行されていたのです。「寝台列車に乗って修学旅行に行ったな~」なんて青春の想い出を持つオールドタイマーの方もきっと多いことでしょう。

今も残る定期夜行列車はごく僅かです

そんな夜行列車も全国的な新幹線の整備や飛行機の発達によって次第に姿を消し、今も定期路線として残っているのは東京~岡山~出雲市を結ぶ「サンライズ出雲」と東京~岡山~高松を結ぶ「サンライズ瀬戸」だけになりました。ハイグレードな個室寝台特急列車が臨時に運行されることがあっても、定期的に運行されるのはもはやこれだけしかないのです。それでも「眠っている夜のうちに日本国内を移動して時間を有効に使いたい!」という需要が減ることはありません。そこで現在では「夜行バス」が夜行列車に代わる深夜移動の主役となりました。

国鉄バス運行の「ドリーム号」が夜行バスのルーツ

夜行バスのルーツは1969年(昭和44年)の東名高速道路全線開通とともに、東海道新幹線の補完も兼ねて当時の国鉄バスが運行した東京~大阪間の「ドリーム号」です。1965年(昭和40年)に全通していた名神高速道路も経由して東京と関西圏を結んだこの夜行バスは、非有効時間帯を活用したいという需要と新幹線よりもずっと安い運賃によって人気を集め、1969年6月の輸送人員は4,960人、1便当たり41.3人、1969年度の輸送人員111,496人と成功を収めます。さらに翌1970年(昭和45年)には大阪府吹田市で日本万国博覧会が開催されたことから、年間輸送人員385,075人と飛躍的な伸びを見せたのです。

共同運行方式を用いて一気に深夜移動の主役へ

その後は全国に高速道路が延伸されるに従って、さまざまな事業者がさまざまな夜行バス路線を運行していきました。中国自動車道が全線開通した1983年(昭和58年)には大阪~福岡間を直結する「ムーンライト号」が開業し、1986 年(昭和61年)には東京~弘前間という大都市と地方都市を結ぶ「ノクターン号」が大ヒット商品となります。ムーンライト号もノクターン号も、遠く離れた異なるバス会社が相互乗り入れをする共同運行方式を用いたことにより、大幅なコスト削減と幅広い路線展開が可能となりました。そこから多くの事業者が参入することになり、一気に夜行バスはかつての夜行列車を凌ぐ存在となったのです。