【都営バスの歩み:戦後復興期編】 ガソリン不足からトロリーバスが開業

2016年12月22日

【都営バスの歩み:戦後復興期編】 ガソリン不足からトロリーバスが開業

【都営バスの歩み:戦後復興期編】 ガソリン不足からトロリーバスが開業

戦争が終わると都内の交通量は急激に増加していきましたが、連合国軍の占領方針もあってガソリン不足が続きます。そこで目をつけたのが電気を動力とする「トロリーバス」でした。

石油はない!全然ない!

太平洋戦争が集結して平和が訪れたものの、日本経済が被った打撃は非常に大きく、民間の生産能力は戦前ピーク時に比べて軒並み低下してしまいました。特に石油精製関連の被害は大きく、空襲などによって生産設備の約60%が稼働不能に陥ります。加えて連合国軍の日本占領政策は“ 全産業の非軍事化 ”を目的としていたため、太平洋側の製油所は一切の復旧が認められず、わずかに採掘される日本海側の石油とその精製だけしか許されなかったのです。そのため戦後しばらくの石油供給は、アメリカの占領地復興資金による製品輸入と在日米軍の放出品に頼るほかありませんでした。

水力発電による電気なら余裕がある!

一方、復興に向けての活動や復員軍人および引揚者の帰国もあって都内の交通量は増大し、東京都営バス(都バス)は路線拡大や増便を求められる状態となっていました。しかし、石油供給の絶対量が不足していて価格も高騰している当時の燃料事情から、ガソリンや木炭などの化石燃料を使用しての事業拡張はどう考えても不可能です。そこで目をつけたのが、経済活動が復興していないおかげで余裕のあった水力発電による「電気」でした。ただし、路面電車(都電)だと破壊されてしまった線路の敷設に莫大な費用がかかるため、建設費が安く動力も電気である「トロリーバス」の導入計画が立てられます。

都営トロリーバスの計画路線

「トロリー」とは「集電装置」を意味し、「トロリーバス」は道路上に張られた電線(架線)から電気を取り込んで、それを動力として走るバスのことです。地面に線路を敷くのではなく、架線を張るだけで営業できますから、簡単で経済的ですよね。都営トロリーバスとして計画された路線は以下の5つです。

● 新橋駅~品川~五反田~渋谷~池袋~三ノ輪~亀戸駅 37.3km
● 上野公園~谷中~坂本~押上~亀戸四丁目 8.8km
● 戸田橋~志村~板橋~巣鴨駅 9.3km
● 東洗足~平塚橋~大崎広小路 3.0km
● 今井橋~小松川~亀戸駅 6.6km

この路線に午前6時から午後10時まで、朝夕のラッシュ時には6分間隔、昼間は10分間隔で定員72人の車両を100台運行させる計画でした。

1952年から都営トロリーバスが開業

この計画に基づいて、東京都は1949年(昭和24年)10月18日に運輸省へ特許申請を行います。ところがこの時点で、すでに大和自動車交通、西武鉄道、京成電鉄の3社が申請書を提出していました。競合事案となったことから、1950年(昭和25年)6月19日と20日の2日間にわたって運輸審議会の公聴会が開かれ、審議が重ねられた結果、他社を却下して東京都だけに特許が交付されました。だだし、特許された路線は、品川駅前~亀戸駅間、上野公園~亀戸四丁目間、今井橋~亀戸駅間の3路線に限られました。

第1期工事として上野公園~亀戸四丁目間と今井橋~亀戸駅間をまとめた上野公園~亀戸駅~今井橋が手懸けられ、1952年(昭和27年)5月より開業します。続く品川駅前~亀戸駅間は鉄道との調整に手間取り、やむなく踏切通過の際に使う補助のエンジンを付けた車両を使用することで部分的に開業していき、1957年(昭和32年)1月に全線開業となりました。