短い命で消えていった「虹」の都バス路線とは

2017年02月17日

短い命で消えていった「虹」の都バス路線とは

短い命で消えていった「虹」の都バス路線とは

都営バスの路線は必要があるからこそ設けられるのですが、需要がなくなれば廃止となってしまいます。今回はわずか1年5ヵ月で消えてしまった「虹」の路線についてのお話です。

レインボーブリッジとともに開通した2つの「虹」系統

1993年(平成5年)8月、都心と臨海副都心を結ぶ交通の大動脈として、港区芝浦とお台場の間に架けられた「レインボーブリッジ(正式名称:東京港連絡橋)」が完成しました。この連絡橋は東京港の新しいシンボルであり、同時に東京の新名所としても注目されます。そこで都営バスはレインボーブリッジの開通と同時に、2つの「虹」系統の運行を始めました。「虹01」系統は最寄りの駅となる田町駅東口を起点とし、「虹02」系統は東京駅南口を起点として、どちらもレインボーブリッジまで直行させたのです。

ターゲットは週末の観光客

レインボーブリッジは橋の下層の両外側の遊歩道を歩いて渡ることができたり、世界都市博覧会が開催される予定で開発が進むお台場地区に隣接していたため(世界都市博覧会は1995年に中止が決定)、虹01系統も虹02系統も週末の観光客をターゲットに土曜、日曜、祝祭日のみの運行としました。それでも使用車両には専用のヘッドマークが掲げられ、方向幕には虹のイラストが描かれるなど通常とは異なる書式でしたから、都営バスがこの系統に大きな期待をかけていたことが分かります。事実、運行当初は行列が出るほどの人気を集めていました。

わずか1年5ヵ月で廃止となった「虹02」

虹01系統は運行開始から1年後の1994年(平成6年)9月に経路変更が行われ、途中に停留所が設けられました。すると沿線の企業への通勤客や周辺マンションの住民などの利用が増え、便数も増加していきます。ところが虹02系統は当初のブームが過ぎ去ると乗客が減少していきました。まだまだお台場地区の開発は途上で、遊歩道だけではリピーターを獲得するのは無理だったのでしょう。そして1995年(平成7年)1月、虹02系統は廃止が決定されます。運行期間はわずか1年5ヵ月。都営バスの中でも一二を争う短命な系統となってしまったのです。

ひょんな形で復活したものの・・・

それでも虹02系統はひょんな形で復活します。運行経路は全く違うのですが、品川駅東口からレインボーブリッジを渡って東京テレポート駅までを結ぶ路線に、虹02の系統番号が再利用されたのです。今回は平日も運行され、途中に停留所も設けられ、沿線住民の生活の足として活躍したのですが、東京臨海高速鉄道りんかい線の大井町方面への延伸工事が完了して全通すると、その役目は終わったとのことであっさりと廃止になりました。2回目の復活も2年8ヵ月の命でした。

ちなみに通勤路線に生まれ変わった虹01系統も1997年(平成9年)2月に一旦廃止され、そのまま浜松町駅バスターミナルからレインボーブリッジとフジテレビ前を経由して東京ビックサイトを結ぶ路線となります。しかし、こちらも2013年(平成25年)3月末で廃止され、16年間の運行に幕を閉じることとなりました。