時代の最先端を行く都バス車両の歴史(1960年代)

2017年10月13日

時代の最先端を行く都バス車両の歴史(1960年代)

時代の最先端を行く都バス車両の歴史(1960年代)

もはや戦後ではなくなり、高度経済成長期に突入した1960年代。東京にもモータリゼーションの波が押し寄せ、都内の交通量は激増します。そんな時代の都バス車両はどのようなものだったのでしょうか。

「ワンマンバス」の試作

経済企画庁は1956年(昭和31年)に経済白書「日本経済の成長と近代化」の結びで、「もはや戦後ではない」と記述しました。太平洋戦争後の日本の復興が終了し、1人当りの実質国民総生産(GNP)は戦前(1934年~36年平均)の水準を超えたのです。そして経済規模が飛躍的に拡大し続ける「高度経済成長期」に突入し、夢の存在であった自動車が一般庶民でも手に入れられるようになると、東京の道路には猛烈な交通渋滞が慢性的に発生するようになります。

交通渋滞によって定時性と信頼性が失われた都営バスの利用者は減少し、東京都交通局の財政は悪化しました。そこで取り入れられたのが、車掌を廃止して運転士1人だけの乗務とする「ワンマン運行」です。当時はまだワンマンバス車両の構造上の規格は確立されていなかったため、1963年(昭和38年)に「日野RB10型」をベースにワンマン仕様の車両が14台試作されました。前が折り戸、中央が引き戸の2扉車で、運転席横には運賃箱、座席は左側2人掛け、右側1人掛けと現在の車両とほぼ同じレイアウトで、その後に制定された「ワンマンバス構造規格」の骨子となります。なお、試作車の日野RB10型は、それまでセンターアンダーフロアエンジンを製造していた日野自動車が造り上げた、日本のみならず世界的にも初めてに近い「リアアンダーフロアエンジンバス」でした。

ワンマンバスの運行開始と各種装置の改良

1965年(昭和40年)2月、都営バスのワンマン運行が9系統で始まりました。そのため、前年の1964年(昭和39年)の購入車両から、全てがワンマンバス(車掌台を残したツーマン兼用)となります。

ワンマン化が多くの系統に広がっていくと、車内ワンマン機器も次々と改良されていきました。1966年(昭和41年)に降車合図ブザーを改良、1968年(昭和43年)に運賃箱を両替方式から釣り銭方式に変更、1970年(昭和45年)には車内自動放送装置が取り付けられたのです。運転手が自ら乗客に釣り銭を手渡ししたり、次のバス停の案内を肉声で行っていたワンマン運行当初から大きく進歩したわけですね。

車内ワンマン機器以外にも、1965年には方向指示器(ウインカー)が「アポロ式」から「フラッシャー式」に変更されています。アポロ式というのは矢羽式(腕木式)の方向指示器のことで、右左折の際にはボディサイドに収納した可動式の矢羽(腕木)が飛び出して曲がる方向を知らせるものです。日本ではアポロ工業という会社が矢羽式方向指示器の生産をほぼ独占していたことから、このタイプのウインカーはアポロと呼ばれました。また、この年にフロントガラスへの結露を防止し、運転手の視界を確保する空気加圧式デフロスターも採用されています。

この時代に採用された都バス車両

1960年代は国内バスメーカーの製造技術も成熟し、優れたバス車両が開発されました。都営バスも各メーカーから以下のモデルを採用します。

■ いすゞ自動車
「BA741型(1961年~)」および「BA20型(1966年~)」
両型とも全長9.15m/全幅2.45m/全高3.03m/DA640型エンジン/総排気量6373cc/エンジン出力130PS。
「BU05D型(1967年~)」
経済性を追求した直噴D920H型エンジン/ 総排気量9203cc/エンジン出力175PS。

■ 日野自動車
「RB10型(1961年~)」および「RE100型(1967年~)」
エンジンを車両後部床下に配置した日本初のリアアンダーフロアエンジンバス。RB10型は直列6気筒DS80型エンジン/ 160PS、RE100型はRB10型の後継モデルで予燃焼室水平式EB200型エンジン/175PS。

■ 三菱日本重工業(1964年より三菱重工業。1970年より三菱自動車工業)
「R480型(1959年~)」および「MR480型(1960年~)」
縦置き直列6気筒DB31型エンジン/165PS。 MR480型はフレームレス構造。
「MR410型(1967年~)」
MR480型の後継モデル。10m尺で当時の路線車のベストセラーモデル。

■ 民生デイゼル工業(1961年より日産ディーゼル)
「4R92型(1960年~)」「4R94型(1965年~)」
2サイクル/4,941ccのUD4型エンジンを縦置きに搭載したリアエンジンバス。4R92型のエンジン出力は165PS、4R94型は175PS。
「4R104型(1965年~)」「4R105型(1970年~)」
全長10.5m級の長尺モデル。UD4型エンジンで175PS。

「キャピタルクリーム」から「美濃部カラー」へ

都バス車両のカラーリングは、1959年(昭和34年)から同じ東京都交通局が運営する路面電車の「東京都電車(都電)」とデザインと合わせた「キャピタルクリーム(クリーム色×えんじ色)」になっていました。しかし、1960年代後半から都電が廃止されていったことで、1968年よりアイボリーとスカイブルーのツートンカラーに変更されます。美しい東京の空をイメージしたデザインで、当時の東京都知事である美濃部亮吉氏にちなんで「美濃部カラー」と呼ばれました。