都バスの系統番号が持つ意味とは(2)

2017年11月20日

都バスの系統番号が持つ意味とは(2)

都バスの系統番号が持つ意味とは(2)

都営バスの各路線に付けられた漢字+2桁の数字の「系統番号」。そのバスの行先や目的を明確にするこの番号の意味を2回に分けて解説します。2回目となる今回は「2桁の数字」についてです。

「2桁の数字」が意味するものは

前回お届けした「都バスの系統番号の意味(1)」では、「漢字+2桁の数字」で組み合わされた系統番号の「漢字」が持つ意味についてお話しました。漢字は原則として「起点名」「終点名」「ターミナル名」を示しているのですが、それではその後の「2桁の数字」は何を意味しているのでしょうか。

その答えは「方向」です。実はこの2桁の数字、漢字で示された起終点・ターミナルから、どの方面に系統が伸びているかを表しているんです。

数字によって表される運行方面

まず「10~19」は銀座を主とした晴海方面へ向かうことを表します。「20~29」は京葉道路を主とした江東方面、「30~39」は水戸街道を主とした葛飾方面、「40~49」は日光街道を主とした足立方面、「50~59」は中山道を主とした板橋方面、「60~69」は池袋を主とした練馬方面、「70~79」は新宿を主とした中野・杉並方面、「80~89」は渋谷を主とした世田谷方面、「90~99」は京浜国道を主とした目黒・大田方面に向かう系統になります。以下に例を挙げてみましょう。

●「東16」=東京駅八重洲口~東京ビッグサイト /「錦13」=錦糸町駅~晴海埠頭
●「亀21」=亀戸駅~東陽町駅 /「上23」=上野松坂屋前~平井駅
●「錦37」=錦糸町駅~青戸車庫 /「草39甲」=上野松坂屋前~金町駅
●「王41」=王寺駅~新田一丁目 /「里48」=日暮里駅~見沼代親水公園
●「茶51」=秋葉原駅~駒込駅南口 /「王57」=赤羽駅東口~豊島五丁目団地
●「白61」=新宿駅西口~練馬駅 /「池65」=池袋駅東口~練馬車庫
●「高71」=高田馬場駅~九段下 /「早77」=新宿駅西口~早稲田
●「橋86」=目黒駅~新橋駅 /「田87」=田町駅~渋谷駅
●「品93」=目黒駅~大井競馬場 /「田99」=品川駅東口~田町駅東口

なお、「01~09」は特殊または臨時路線を表し、都市新バスや学バス、深夜バス、ラピッドバス、ダイレクトバスなどに、運行方面に関わることなく割り振られています。

このように2桁の数字は運行方面を表すのですが、番号設定時の路線が様々な要因によって短縮されていったことで、現在は数字と運行方面が合わなくなっている系統も存在します。例えば新宿駅西口から世田谷区の新代田駅(京王井の頭線)に向かう「宿91系統」は、原則から言えば70番台もしくは80番台になるはずですが、この系統番号パターンが制定された1972年(昭和47年)には東急バスとの相互乗り入れで大田区の大森操車所まで路線が伸びていたため、今も90番台を名乗っています。

本系統に付随していても高需要系統には「枝番」を

都営バスの系統番号には、漢字+2桁の数字の後に「甲」「乙」「丙」「丁」という4つの十干(じっかん)が付けられたものもあります。これは一つの系統の中に経由地の異なるものや、終点の異なるものに付けられ、「枝番」と呼ばれます。都営バスは基本的に本系統とそれに付随する系統を全て同じ系統番号で扱っているのですが、運行ルートが異なっても本系統と同じような需要がある場合には、やはり何かしら別の番号を与えたほうが分かりやすいですものね。

枝番には十干以外にも「折返」や「出入」などがあります。出入は本系統と担当営業所の車庫を結ぶものですから(車庫に出入庫するから「出入」)、本系統とは全く別のルートを運行します。ある意味、特殊路線の中でも最たるもので、都バス全系統が記載されているはずの「みんくるガイド」にも載っていなかったりします。運行本数も1日1本や2本だったりしますから、あえてこれに乗りに行くバスマニアも多かったりするんですよ。

なお、最近では十干が一般的でなくなってきたことから、「-2」などの数字が付けられることも増えてきました。他の路線バス事業者ではこちらの方が普通で、十干を使っている都営バスは、やはり古くからの歴史を感じさせます。

現パターンが採用される以前は

ちなみに、都営バスは1924年(大正14年)の創業時から系統番号を採用しており、当時は漢字はなく、数字だけを1から開設順に付けていました。戦後になって路線数が増えてくると、学バスには50番台、民営バスとの相互乗り入れ(共同運行)系統には100番台、200番台を臨時路線、単独長距離系統や青梅系統は300番台とし、さらに相互乗り入れ系統のうち都営エリアでの折り返し系統には400番台、1967年(昭和42年)の第一次都電代替路線に500番台、トロリーバス代替路線には600番台を与えていました。一部には短い期間ながら700番台もあったようです。そして荒川線を除く都電が全廃となった1972年11月12日、東京バス協会と都区内大手事業者が主導して制定された現在のパターンへと切り替えられたのです。