都バス今昔物語その6(1980年代)

2018年01月10日

都バス今昔物語その6(1980年代)

都バス今昔物語その6(1980年代)

1980年代も第3次自主財政再建計画に基づく路線再編が実施されましたが、都市新バスの運行や行政とのタイアップなど、都バスは新たなニーズに向かって積極的な対応を行っていきました。

第3次自主財政再建計画の実施

1960年代から急速に悪化し始めた経営状況を改善するため、東京都交通局は1979年(昭和54年)までに2度にわたる財政再建計画を実施して、経営の合理化を図るべく、都バスの路線再編を行ってきました。しかし、経営状況は依然として厳しく、東京都は1980年(昭和55年)専門家による「公営企業等財政再建委員会」と「交通部会」を設置して、事態の改善策を検討します。

その結果、「1日の利用者数4,000人未満」「乗車密度10人未満」「廃止による影響人員400人未満」「500m以内に他の交通機関の存在」という4つの路線廃止基準が明示され、それに従って1980年11月に3度目の財政再建計画を策定することとなりました。この第3次自主財政再建計画に基づき、1982年(昭和57年)度~1983年(昭和58年)度にかけて、6系統の廃止、12系統の短縮、6系統の経路変更、4系統の新設が行われたのです。

バス復権を目指した都市新バスの運行開始

すでに1980年代の東京における主要公共交通機関は地下鉄となっており、都バスは財政再建計画を繰り返すなど苦しい状況に陥っていましたが、地上から手軽に利用できて機動性に優れた路線バスは、やはり都市交通の体系的な根幹となるべきものに違いありません。そのため運輸省(現:国土交通省)は、1982年12月に公共交通機関としてのバスの利用促進、省エネルギーおよび低公害の効率的輸送形態の確立を目的とした「都市新バス」の整備指針を発表します。

そこにはバスロケーションシステムや運行管理システムの導入、都市型新車両の採用、バス停の整備改善などが記され、これによって信頼を回復して“バス復権”を目指したのです。都バスでも1984年(昭和59年)3月31日、それまでの橋89系統をグレードアップさせて都市新バス第1号とした都01系統(渋谷駅前~六本木~新橋駅前)の運行を始めました。一般公募によって「グリーンシャトル」の愛称が付けられ、1日あたりの乗客数は前年の1万5700人から2万3000人へと増加、1986年(昭和61年)度には2万4700人、1989年(平成元年)度には3万1900人となります。この成功によって、その後も次々と都市新バス路線が開設され、現在は8系統で運行されています。

時代のニーズに応えた深夜バスの運行

1980年代も半ばを過ぎると国内はバブル景気と呼ばれる好景気に沸き始め、深夜時間帯まで残業や飲食等で都心に残る人々が増えてきました。1988年(昭和63年)9月、運輸省は深夜の移動手段を確保するために、「鉄道・バス・タクシーの総合的な深夜における公共交通の拡充」についての指示を行います。

それを受けて、都バスは同年12月より深夜バスの「ミッドナイト25」の運行を、深夜01系統(渋谷駅前~新橋駅前)、深夜02系統(王子駅前~豊島五丁目団地)、深夜03系統(西葛西駅前~コーシャンハイム南葛西)、深夜04系統(日暮里駅前~足立流通センター)の4系統で開始しました。翌1989年には6系統が追加され、全10系統の深夜バスがバブル期の東京を走ることとなったのです。

行政とのタイアップによる路線開設と維持

台東区は地域の観光振興のため、1981年(昭和56年)に上野広小路~浅草雷門間での2階建てバスによる路線バスの運行を計画、西ドイツのネオプラン社製車両を購入して運行管理を都バスに委託しました。都バスはこの路線を二階01系統として運行し、真紅の2階建てバス車両の珍しさもあって、開設当初は大変な人気を得ます。1989年には江戸川区からも依頼を受け、同様の路線を二階02系統として小岩駅前~葛西臨海公園駅前間で京成電鉄(現:京成バス)と共同運行しました。

1980年代は現在のお台場地区(臨海副都心)が開発途上の時代で、鉄道はまだ通っていませんでした。そのため輸送手段は路線バスに限られていたのですが、乗客数の少ない地域で路線を維持することは当然困難です。そこで1984年3月に交通局は開発主体の東京都港湾局と公共負担の協定を結び、欠損額の補助を受けることで海01系統・品98系統・木11系統の路線維持を図り、翌1985年(昭和60年)に海02系統を追加しました。

また、多摩地区の都バス路線は採算を取ることのできない赤字系統ばかりでしたが、地域にとっては欠くことのできない生活路線でもありました。交通局はこちらでも1984年6月に青梅市・小平市・田無市・東大和市・武蔵村山市・瑞穂市・八王子市・立川市・日野市と公共負担の協定を結び、梅70系統・梅74系統・梅76系統・梅77系統・立73系統の運行を継続します。このように都バスの1980年代は路線再編のみならず、新たなニーズにも対応していく時代となりました。