平成になってもまだありました!横浜市営バスの車掌同乗ツーマン運行

2019年02月13日

平成になってもまだありました!横浜市営バスの車掌同乗ツーマン運行

平成になってもまだありました!横浜市営バスの車掌同乗ツーマン運行

各種車内機器の発展によって昭和40年代後半からはワンマン運行が当たり前となった日本の路線バス。しかし、横浜市営バスには平成の時代になっても車掌が同乗するツーマン運行が存在していたのです。

港町「横浜」は大都会中の大都会

神奈川県の県庁所在地である「横浜市」。この街に皆さんはどのようなイメージを持っていますか?おそらく元町や中華街、山下公園などの有名スポットや、「ブルー・ライト・ヨコハマ」を始めとする数々のご当地ソングによって“お洒落でエキゾチックな港町”という方が多いと思います。もちろんその通りなのですが、実際の横浜市は18の行政区を持つ政令指定都市で、その人口は四国4県の合計に匹敵する373万人(日本の市では最多)、さらに市内総生産は12兆円を楽に超えるという大都会中の大都会でもあるのです。

ワンマン運行が当たり前の時代に...

そんな横浜市の公営交通として市域の約50%をカバーする路線バスが、横浜市交通局運営の「横浜市営バス」です。お洒落でエキゾチックな大都会を日夜駆け抜けているのですが、実は平成の時代になっても車掌さんが同乗するツーマン運行が、この横浜市営バスには存在していました。

若い方は「車掌さん」といってもピンとこないかもしれませんね。今はICカードを読み取ったり、釣り銭機能や両替機能を持つ運賃箱が運転席の横にあります。バス停の車内アナウンスは自動、乗客は降りたい時に降車ボタンを押し、乗降口ドアの開閉は運転席から行えます。しかし、1960年代頃まではこれらの仕事を運転手とともに乗務していた車掌が行っていたのです。それでも1970年代からは、日本全国どこの路線バスでもワンマン運行が当たり前になりました。なのに、つい最近まで大都会の横浜市の横浜市営バスに車掌同乗ツーマンバスが走っていたなんて、ちょっと驚きですよね。

狭隘区間を大型バスで走る必要があったから

もちろんそれには理由があります。車掌が同乗していたのは磯子区の磯子駅前~峰を結ぶ「10系統」と、磯子駅前~氷取沢を結ぶ「93系統」。どちらも京浜急行線杉田駅前を経由する路線なのですが、この杉田駅前周辺は道路が狭い狭隘区間で、踏切やT字路があるにもかかわらず、歩行者も一般車両も多いという交通の難所となっていました。

一般的にこのような狭隘区間を抱える路線へは小型や中型のバスを投入するのですが、10系統の終点である峰バス停の近くには、江戸時代から多くの人々に親しまれてきた「峯の灸」というお灸が伝わる円海山護念寺があり、施療を求める数多くの利用者を運ぶためには大型バスが外せなかったのです。

平成8年まで続いた車掌同乗ツーマン運行

そうなると運転手一人だけでは安全な運行が確保できませんから、車掌が同乗してこのエリアに差し掛かるとバスを降り、事故の起こらぬように車外から車両の誘導を行いました。昔の車掌さんのように運賃の授受やドアの開閉をするわけではありませんが、このような車両の誘導も車掌の重要な仕事なのです。

時代の流れとともにお灸の施療を目的とした乗客は少なくなり、1996年(平成8年)に小型バスを投入できたことで10系統はワンマン運行となりました。現在は2001年(平成13年)に新設された老人介護施設「峰の郷」が終点となっています。93系統も10系統と同時に小型バスとなり、2007年(平成19年)に100系統と統合する形で293系統へと再編され、今に続いています。